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神戸地方裁判所 昭和63年(ワ)1213号 判決

原告 加藤泰雄

右訴訟代理人弁護士 羽柴修

被告 石川衛

右訴訟代理人弁護士 前田貢

主文

一  被告は原告に対し、金三一〇万円及びこれに対する昭和六三年八月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金六二〇万円及びこれに対する昭和六三年八月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は金融業者であり、被告は司法書士である。

2  原告は昭和六〇年一月一八日、甲野竹夫と自称する甲野松夫から、竹夫所有の別紙目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を担保に、融資の申込を受け、松夫が本件不動産所有者の竹夫と信じて、これを承諾した。

そこで、原告は、同月二一日本件不動産に極度額一〇〇〇万円の三番根抵当権(以下「三番根抵当権」という。)設定登記を経由した上、自称竹夫に対し、同日七〇〇万円、同年二月五日七〇万円、同年三月五日八〇万円、同年六月二四日一〇〇万円、以上合計九五〇万円を貸し付けた。

3  しかして、原告は、次のような経緯のもとで、本件不動産上に三番根抵当権設定登記を経由した上、自称竹夫に対し合計九五〇万円を貸し付けたものである。

(一) 昭和六〇年一月当時、本件不動産上には、新日本保証株式会社を権利者とする債権額三〇〇万円の一番抵当権(以下「一番抵当権」という。)設定登記、神戸質屋連合株式会社(以下「神戸質屋」という。)を権利者とする極度額七五〇万円の二番根抵当権(以下「二番根抵当権」という。)設定登記が存在したが、自称竹夫は、一番抵当権の債権は殆ど返済し、二番根抵当権については残額が五〇〇万円余りで、原告からの借入金で返済抹消すると説明した。

(二) そこで、原告は、神戸質屋の担当者に立会を求め、昭和六〇年一月二一日二番根抵当権設定登記の抹消登記手続と、三番根抵当権設定登記手続を完了したが、右登記手続については、自称竹夫が持参した不動産登記法四四条所定の保証書(以下「本件保証書」という。)に基づき行った。

(三) 本件保証書は、被告が神戸質屋から委任を受けて二番根抵当権設定登記手続を行った際、自己及び妻の石川はるみを保証人として作成したものであり、原告は被告が登記義務者である竹夫本人であることを確認して作成したものと思っていた。

4  しかし、三番根抵当権設定登記は竹夫の意思に基づかない無効なものであり、原告は本件貸付金を全額回収することができず、六二〇万円の損害を被った。即ち、

(一) 竹夫本人が昭和六〇年一一月二八日原告を相手に、三番根抵当権設定登記は実兄松夫が無断でしたもので無効であると主張して、神戸地方裁判所に三番根抵当権設定登記抹消登記手続請求訴訟を提起した。その結果、三番根抵当権設定登記は竹夫の意思に基づかない無効なものであるとして、昭和六三年二月一〇日原告敗訴の判決が言い渡されて確定し、三番根抵当権設定登記は抹消された。

結局、本件不動産には一番抵当権の被担保債権額を控除しても九五〇万円以上の担保余力があったので、三番根抵当権が有効であれば、原告は貸付金九五〇万円全額を回収することが可能であったが、三番根抵当権は竹夫の意思に基づかないでなされた無効なものであるので、原告は三番根抵当権を実行して貸付金を回収することはできなくなった。

(二) 他方、松夫は、竹夫に無断で三番根抵当権設定登記をした上、原告から九五〇万円の融資を受けたことについて、公正証書原本不実記載、私文書偽造、詐欺等の罪で神戸地方裁判所に起訴され、被害者である原告に対し、同裁判所で刑事裁判が係属中の平成二年三月二二日までに合計三三〇万円の被害弁償をしたが、その直後同裁判所で執行猶予の判決を受けるや、その後は原告に対し一円の弁済もしていない。

松夫は現在資力が全くなく、原告が残り六二〇万円を回収することは不可能な状態である。

5  被告の本件保証書作成行為には過失があり、被告の本件保証書作成行為と原告の貸付金回収不能による損害との間には相当因果関係が認められ、被告は原告に対し不法行為による損害賠償金支払義務がある。即ち、

(一) 被告は司法書士であり、本件保証書の作成に当たっては、自称竹夫が真実竹夫本人であるかどうかを確認すべき注意義務があるところ、二番根抵当権設定登記も松夫が竹夫に無断でしたものであるのに、被告事務所に出頭した一面識もない松夫の言動を安易に信用して、松夫が竹夫であると信じ込み、漫然自らが保証人になって本件保証書を作成したものであって、被告には重大な過失がある。

(二) 原告は、被告作成の本件保証書を信用し、これにより三番根抵当権が有効に設定されることを条件として、自称竹夫に合計九五〇万円を貸し付けたのであり、更に言えば、被告の司法書士としての信用・能力を高く評価していたからこそ、三番根抵当権設定登記手続を経由した上、神戸質屋の貸金債権を肩代わりすることを敢えてなしたのである。被告は、自らが保証人として作成した本件保証書が、その後同様の手続に利用される可能性を充分予測していたはずであって、原告の貸付金回収不能による損害と、被告の本件保証書作成行為との間には相当因果関係がある。

殊に、本件では、神戸質屋が三番根抵当権設定登記手続にも立会しており、本来本件保証書作成により被害を被るはずの神戸質屋が原告の肩代わりにより難を逃れ、その損害が原告の方へ振りかけられてきたのであって、原告と神戸質屋とは同じ立場にあり、被告の保証書作成行為と原告の損害の発生との間には、明らかに相当因果関係が認められる。

6  よって、原告は被告に対し、不法行為による損害賠償金六二〇万円、及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六三年八月一三日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項の事実は知らない。

3  同3項中、本件保証書は、被告が神戸質屋から委任を受けて二番根抵当権設定登記手続を行った際、自己及び妻の石川はるみを保証人として作成したものであることは認めるが、その余の事実は知らない。

4  同4項の事実は知らない。

5  同5項について

(一) 同前段は争う。

神戸質屋の担当者が、「竹夫の自宅である本件不動産所在地にまで出向き、竹夫に直接会って担保提供意思の確認をした。」と述べ、被告事務所に来訪した竹夫と称する男が、竹夫名義の実印、印鑑証明書を持参していた上、竹夫の住所・生年月日を正確に答え、竹夫本人でなければ取得できないはずの一番抵当権者の残高証明を準備していたことなどから、被告は来所した男が竹夫に間違いないと確信して本件保証書を作成したのであり、被告は司法書士としてなすべき注意義務を充分尽した上本件保証書を作成したものであって、被告には過失はない。

(二) 同後段は争う。

本件保証書の作成行為は、神戸質屋を権利者としてした二番根抵当権設定登記における登記義務者の保証であって、その後に右の使用済み保証書を登記済証(いわゆる権利証)としてする登記の登記義務者についてまで、保証するものではない。

即ち、当該登記の申請義務者が登記簿上の名義人と同一人であるかどうかは、当該登記申請手続において保証人はこれを検証し確認できるが、その後の登記については、誰が右の使用済み保証書を持参し登記義務者として申請するかについて、保証人は全く知ることができないのであるから、後の登記についてまで保証することは不可能であり、後の登記についての人違いによる損害と、先の登記についての保証書作成行為との間には、何らの因果関係もない。

登記済証を持参して登記申請を依頼する者が真実の義務者であるかどうかは、当該登記の申請手続に関与する者が注意し調査すべきことがらであって、この理は登記済証が再使用の保証書であったとしても何ら異なるものではない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1項の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、同2項ないし4項の事実が認められる。

二  そこで、請求原因5項(被告の不法行為責任)について、以下考察する。

1  同5項前段(被告の過失)について

(一)  まず、被告が本件保証書を作成するに至った経緯についてみるに、《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

(1) 神戸質屋の矢野利雄事務長、竹夫と名乗る松夫の両名が昭和五九年一〇月九日被告の事務所を訪れ、被告に対し、「神戸質屋を根抵当権者、竹夫を債務者として、本件不動産上に極度額二五〇万円の根抵当権設定登記をしたいが、登記済証がないので保証書でやってもらいたい。」と依頼した。

(2) 被告は、竹夫とはこれまで一面識もなかったので、竹夫と名乗る男が真実竹夫本人であるか確認したところ、矢野が、「昨日、事前に竹夫の自宅に電話をかけた上、竹夫の自宅(本件不動産所在地)にまで出向き、そこで直接竹夫本人に会って確認しているので、間違いない。」と答え、また、竹夫と名乗る男が、竹夫名義の実印、印鑑証明書を持参し、印鑑証明書に記載の竹夫の住所、生年月日を正確に答え、一番抵当権者の残高証明を準備していた。

(3) 被告は、なお念のため、竹夫と称する男に運転免許証の呈示を求めたところ、男は所持していないという返事であったが、前記のような矢野及び自称竹夫との遣り取りからして、来所した男が竹夫に間違いないと確信して、その場で直ちに本件保証書を作成し、二番根抵当権設定登記手続をした。

(4) しかし、当日被告の事務所に来所したのは竹夫ではなく、竹夫の兄松夫であり、竹夫は神戸質屋を権利者として、本件不動産に二番根抵当権を設定することについては全く知らず、二番根抵当権設定登記は松夫が竹夫に無断でしたものであった。

(二)  ところで、被告は司法書士であり、司法書士が不動産登記法四四条所定の保証書を作成することについては、法務省民事局長通達(昭和三〇年一二月一六日民事甲第二六七三五号)があって、真に依頼に係る者が登記義務者に人違いないことの明らかな場合以外は保証書を作成することが禁止されており、虚偽の保証書の作成を防止するために、司法書士には通常人以上に厳格な注意義務が課されている。

(三)  しかるに、前記(一)の認定によると、被告は、竹夫とは一面識もなかったのに、神戸質屋の矢野事務長や、自称竹夫の言動のみから自称竹夫が竹夫本人であると軽信し、自らは自称竹夫が竹夫本人であることについて何らの調査・確認作業もしないまま、本件保証書を作成したのであり、被告は、真に依頼に係る者が登記義務者に人違いないことの明らかな場合でないのに、本件保証書を作成したのであるから、被告には過失があったものといわざるを得ない。

2  同5項後段(因果関係)について

(一)  まず、原告が本件不動産上に三番根抵当権を設定し、自称竹夫に合計九五〇万円を貸し付けるに至った経緯についてみるに、《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

(1) 自称竹夫は、昭和五九年一〇月九日本件不動産上に極度額二五〇万円の二番根抵当権を設定し、これを同年一一月六日極度額五〇〇万円、同年一二月七日極度額七五〇万円に各変更した上、同年一〇月九日から同年一二月二四日までの間に、神戸質屋から七回にわたり合計五二五万円の融資を受けた。

(2) その後、自称竹夫は、昭和六〇年一月一八日金融業を営む原告に対し、神戸質屋からの借入金の借換えと、新規借入のための融資を申し込んだが、原告は、矢野事務長と面識があったことから、矢野から神戸質屋が自称竹夫に五二五万円を融資した経緯を確認し、また、自らも竹夫の自宅に電話して、自称竹夫が電話口に出たことを確認の上、自称竹夫からの右融資の申し出に応じることとした。

(3) しかして、原告、矢野、自称竹夫、山口一光司法書士の四名が、昭和六〇年一月二一日原告の自宅応接間に集まった。そして、原告が当日自称竹夫に七〇〇万円を融資することとし、そのうち五二五万円を矢野に交付し、登記手続費用等を控除した残額を自称竹夫に交付した。また、山口が原告、自称竹夫から二番根抵当権設定登記抹消登記、、三番根抵当権設定登記手続に必要な関係書類を受領した。ところで、自称竹夫は当日も本件不動産の登記済証(いわゆる権利書)を所持していなかったので、山口は、自称竹夫から受領した本件保証書(不動産登記法六〇条二項の規定により登記済の手続がされた同法四四条所定の保証書)に基づき、三番根抵当権設定登記手続をした。

(4) その後、原告は、同様に自称竹夫から三番根抵当権の極度額の範囲内で追加融資の申込を受け、自称竹夫に対し昭和六〇年六月二四日までに合計九五〇万円を融資した。

(二)  ところで、登記を申請するに当たっては、登記義務者の権利に関する登記済証(いわゆる権利証)を提出することを要するが(不動産登記法三五条一項三号)、同法六〇条二項の規定により登記済の手続がされた同法四四条所定の保証書は、その後の所有権に関する登記以外の権利に関する登記を申請する場合における登記済証として取り扱うことができ(昭和三九年五月一三日民事甲第一七一七号局長通達)、例えば、一番抵当権設定登記を保証書でおこなった場合、二番抵当権設定登記については、一番抵当権設定登記がなされた際の保証書が登記済証となる。

従って、一旦作成されて法務局に提出された使用済み保証書でも、後日所有権に関する登記以外の権利に関する登記を申請する場合における登記済証(権利証)となるのであるから、右保証書の内容が虚偽であるとすると、保証書作成当時の登記権利者・義務者以外に多くの関係者が損害を被ることが充分に予想できるのであって、現に被告自身も、本件保証書が後日権利証と同等に使われることを承知のうえで、これを作成していることが認められる。

これを本件についてみるに、前記認定によると、松夫は昭和六〇年一月二一日当日も本件不動産の登記済証を所持していなかったので、原告は、本件保証書を登記済証として三番根抵当権設定登記をしたのであり、三番根抵当権設定登記ができたからこそ、自称竹夫に対し合計九五〇万円を融資して六二〇万円の損害を被ったのであって、しかも、被告は、本件保証書を作成した当時、本件保証書が後日登記済証として使用される可能性を充分予測していたのであるから、被告が虚偽の内容が記載された本件保証書を作成した行為と、原告が本件保証書の内容を信頼して三番根抵当権設定登記をし、六二〇万円の損害を被ったこととの間には、相当因果関係があることが認められる。

(三)  他方、別の観点から被告の本件保証書作成行為と、原告の損害との因果関係について考察する。

例えば、保証人Aが、所有者甲の不知の間に乙が甲になりすましたのを誤信して、甲の人違いでないこと(甲の真意に基づく申請であること)を保証したため、乙がこの保証書により丙を抵当権者とする抵当権設定登記をし、次いでこの抵当権設定登記を有効と信じた丁が、丙に乙の債務を支払って抵当権付債権を肩代わりし、丙から抵当権設定登記移転の附記登記を経由したところ、もともと丙の抵当権設定登記は無効であるから、それが回収不能となり、その分の損害につき、丁がAに対し保証書作成者としての責任を追求した場合には、Aの保証書作成行為と、丁の損害との間に相当因果関係があることは明らかである。

右設例と本件とが異なる点は、本件では、原告が神戸質屋に五二五万円支払って抵当権付債権を肩代わりしたが、神戸質屋の二番根抵当権設定登記移転の附記登記を経由する代わりに、極度額七五〇万円の二番根抵当権設定登記を抹消し、新たに極度額一〇〇〇万円の三番根抵当権設定登記を経由した点だけであって、実質的には、極度額七五〇万円の二番根抵当権設定登記移転の附記登記を受け、新たに極度額二五〇万円の三番根抵当権設定登記を経由した場合と、何ら変わりはない。

そうすると、少なくとも、原告が神戸質屋に五二五万円支払って抵当権付債権を肩代わりしたことによる損害と、被告の本件保証書作成行為との間には、相当因果関係が優に認められるというべきである。

3  過失相殺について

(一)  以上によると、被告の本件保証書作成行為には過失があり、被告の本件保証書作成行為と原告の貸付金回収不能による損害との間には相当因果関係が認められるので、被告は原告に対し不法行為による損害賠償金支払義務を免れない。

(二)  しかし、他方、《証拠省略》によると、原告は、三番根抵当権設定登記をするに際して、自称竹夫が竹夫本人であるかどうかについては、竹夫の自宅に電話をして確認しただけであり、その他にはなんらの調査・確認作業をしていないことが認められるので、原告にも過失があることは明らかであり、原告と被告との過失割合は一対一と認めるのが相当である。

(三)  そうすると、被告は原告に対し、原告の損害六二〇万円の半額である三一〇万円の限度で、損害賠償金支払義務があることが認められる。

三  してみると、原告の本訴請求については、不法行為による損害賠償金三一〇万円、及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六三年八月一三日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 紙浦健二)

〈以下省略〉

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